2010年10月18日

ノー・シェルター 自爆する?

とりあえず頑張ったら卒業はできそうだ。
履修登録あわててしたから超不安やったけど。
そして保険用コマの多さ。笑

ほんとうに、ここのところずっと、貝になりたかった。
生まれ直したいとか、そっと消えてしまいたいとか、
色々なことを思ったり言ったりしたけれど、結局そうだ。
心も体もぴったりと閉ざして、
わたしの中の汚いものが、まあるい、つるっとした綺麗なものになるように。
暖かさで殻を開けるのだけれど、それはわたしが息を引き取るときで、
そういう生き物になってしまいたかった。
ごめんね??

そういう風に考えることが、周りにどういう影響を及ぼすか
考えられる歳になってしまったから余計に閉じたかった。
与えられる愛情や温もりやそれゆえの怒りや悲しみまではねつけてしまいたかった。
どうせ不感症ならいっそゲインなんてゼロでいいのにと思った。


気付いたかなぁ。
過去形なんだよ。
閉じたいわたしの中に、もう一つ貝があって
その隙間から息遣いが、かすかな拍動が聴こえた、気がしたよ。
だからもう少し、もう少しだけ、もっていようかなって。
提出した音源を聴いたら本当にわたしは不感症だった。
演技で啼いているみたいだった。わたしはパートとして楽器としてのヴォーカルなんかではなくて、ただ声を出すおもちゃみたいだ。
なんて投げ遣りで、藁にすがるような必死さをひた隠しにした唄なのだろう。
みんなを感じきることができなかった。それはわたしの責任だ。
そりゃ落ちるよ、メンバーのみんな、ごめんね。

それでも自分の状態が唄に出ることは、良くないけれど、
わたしがまだ、唄を唄うことを、いきることとつなげている証拠なんだと思った。
申し訳なくてふがいなくて哀しくて悔しいけれど、それだけは、ほんの少し嬉しい。
わたしはまた気持ち良く唄えるかな。
いつか誰かにも気持ち良くなってもらえる唄を歌えるようになるかな。
時間がないよう。
何をするにも「最後の」っていう言葉がついてまわるのは、さみしい。


なんにせよ、ありがたいことに一つだけバンドは受かったから、
ライブまでに唄はせめて今までのところにはもっていきたいな。
唄を唄っているわたしは、数少ないわたしの好きなわたしだった。
今はあまり好きじゃない。合宿くらいから好きじゃない。
唄を唄う自分も、自分のうたう唄もあまり好きじゃない。
けれどそんな唄を聴かせられないよね。
わたしがステージにあがるために踏み台になってしまった子がたくさんいるんだ。
魅せないわけにはいかないよね。
わたしが背負うことがおこがましいとしても、それこそがすがっていることだとしても。


生きることは不安だ。
目の前のものごとすべてがわたしにとって最優先事項だ。
なのに振り切ることも要求される。
一瞬一瞬で、最優先から更に最優先がピックアップされて、わたしはその時その時で、
それを見極め嗅ぎ分けて掴み取りそれ以外を振り切らないといけない。
手の中の最優先に命を注がないといけない。
時と場所が変わったら、さっき振り切ったものを愛おしく抱きしめて愛でて、
その時はきっと、さっき最優先だったものは隅っこで泣かせてしまう。
わたしの世界は球じゃなくていびつな円だ、きっと。
隅っこがあって、境界があって、始点と終点が確実にある。

たぶん完全に投げ出すことより、踏ん張ることの方が楽だ。
ほんの僅かをそれなりにやって殆どを投げることが一番楽だけれど、
中途半端が許されないところへ来たわたしが今ここにいる。


だらだら書くとまとまらないね。
兆しが遠くで一瞬またたいたんだよ、という話でしたよ。
それが幻想や蜃気楼でも、見えた気がする、というわたしの脳を信じよう。

おやすみなさい。


「ただもし僕にも歌が唄えるなら まだ生きてる事で許されるなら」
澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。/fra-foa
posted by はるな at 04:10| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
泣いた(笑)ありがとうーーー><。。
Posted by haruna at 2010年10月20日 02:47
ええ(笑)なんで!?笑
でもありがとうーーー!!!
なんでかは別として、誰かに何かを投げられたことに
わたしも泣いちゃう。感じてくれてありがとう。
Posted by 春奈 at 2010年10月21日 13:52
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