2017年01月03日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

みそかシリーズ、去年も一昨年もやらなかったのか…。時は流れる。

今さら2016振り返ってみる。

仕事のこと
*色んな業務やって割と楽しかった
*他部署に頼れる人が増えてうれしい

健康のこと
*お正月で3キロくらい太る
*それらを引きずったまま繁忙期、帰省、夏休みとじわじわ太る
*11月にタバコをやめたらトドメの3.5キロ増
*腹筋ローラーとフラフープを購入したら、筋肉で体重増加が加速
*11月くらいから気分が落ち込みがちで禁煙鬱を疑う

音楽のこと
*あらためてkodalineほんと良い
*aimerもこれまでパッとしなかったけど今回のは良かった
*久保田利伸に今更ハマる
*2017は米津玄師も売れそうと思っている

そのた
*割とお外に出た
*クリスマスに行った南紀白浜がすごく素敵なところだった
*その時のレンタカーのニッサンマーチが運転しやすかった。でもハリアーかCX3がほしい
*家族が具合悪くなりがちで心配だった
*妹たちが活躍して嬉しかった
*がくさんが可愛かった

2017年の目標はとりあえずこれ。
*よく噛んで食べる
*きれいな言葉をできるだけつかう
*おもろいやん十三のスタンプを埋める
*異動する

今年もよろしくお願いいたします。


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2014年12月31日

みそか'14

さくっと振り返り。

今年は結構な重みの出来事が色々あったなあ。
嬉しいこともあったし、挑んで勝ち取ることもできた。
逆にどうしようもないことにも出会ったし、自業自得を知らされた。
知らされたなんて言ってはいけないくらいだろうなと思うこともある。

感情や受け止め方の振り幅が減って、それが良いことがそうでないかはわからないけれど、節目に立って、咀嚼の余地がある と考えられるということは、悪くなかったんだろう。
まだまだ甘ちゃんだなー、とも思った。
思い知っていないこともたくさんある。

来年は重い知れていないことをもっと深く受け止められるようになろう。
そうしてちゃんと傷付いて、ちゃんと泣いて、最後に笑おう。

来年のテーマは、素直になること。
あとは探しているものやひとを見つけること。

ありがとうと、さようなら。

「美しさだけ わたしは覚えている」
who/小谷美紗子
posted by はるな at 22:31| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月29日

空虚くん再来

よくない!非常によくない!

おうちを整えて、生活をととのえて、心は整うかな。
しんぱいだ。心細い。
けど、あの子もあの子もこんな日々を越えたんだって思って、向き合うためにはわたしもがんばらなきゃって思う。
自己満だと言い聞かせること。
無 を前にしても怯えないこと。
こわくないよって伝えるために、こわがらないこと。
課題は山積みである。
成長期なんだろう、きっと。きっと。
posted by はるな at 02:05| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月26日

窓開け記念日

4月26日。
こたつもエアコンもなく窓を開けて過ごしている。
すごく暖かい。
なんだか嬉しいので、今日を窓開け記念日とする。
来年の窓開け記念日はいつになるかな。
その時には今よりもいい感じでいたいな。
posted by はるな at 14:13| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

みそか'13(と'12)

ごぶさたです。
去年は振り返る間もなく終わってしまったので、今年は書く。でも時間ないけん巻きでいく。笑

この2年間は、ともかくたくさんの人を傷つけていやな気持にさせたので、後悔も反省もたくさんある。
謝ってもどうしようもないし、もう絶対に修復できないこともあるとわかったし、それをした。
あとは、蚊帳の外はいつでもすごくうるさいんだと学んだな。
だからこそ、フェアな視点を持ちつつ味方でいることこそ、思いやりなのかもなーと気付いた。
あ、いきなりネガティブになってしまった。ごめんなさい。

でも、ずっと感じちょった調子の悪さみたいなのは不思議ともうない。
何に対峙して、何に手を伸ばしちょるのかわからないけれど、わからないなりに何か手ごたえがある。
2014年は、自分のミッションを見つけたいな。
自信のなさが裏目に出がちなので、PDCAを繰り返して小さな積み重ねをしたい。
覚悟がとことん苦手な弱いわたしは、ちまちまそうやっていくしかないんだな。

そしていつか、わたしに関わってくれたひとが、恥ずかしくない人間になりたいな。
今日友達が紅白に出ていて、それはご両親やわたしを含む友人や恋人や家族や、彼女とかかわる人がたくさん嬉しくて誇らしくなることで、すごいなぁと思った。
わたしもそんなふうになりたい。
けどさすがに誇ってもらうというのはおこがましいので、まずは恥ずかしくないように、悔やまれないように、
次に「出会えてよかったな」と思ってもらえたらうれしい。
そりゃできたら誇ってほしいけどさ。

人のこころはわたしが変えられるものではないし、上記はあくまで期待の範疇を出ないかもしれないけれど、
わたしに関わってくれる人に返せるものを作りだして、ありがとうを返していきたいんだなー。
出会えてよかったとか、そういうのは、わたしが誰かにできることがあって、それをできた副作用にすぎない。
誰かのために、じぶんが何をできるか。ミッションを探している途中。

というわけで、たくさん悔やんですごく泣いた2年間だったけれど、
歯ごたえと手ごたえのある、ある意味とても充実した2年間でした。ほんとうにありがとう。
笑った思い出もいっぱいあるよ。それもぜんぶうそじゃない。ちゃんと歩いていくよ。

読んでくださった方も、ありがとう。
2014年が、たくさんの嬉しいことや楽しいことに恵まれる素敵な一年になりますように。
posted by はるな at 23:53| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月30日

20130414

お久しぶりです。
いつも独り言ばかりでごめんなさい、読んでくれてありがとうございます。

少し遅くなったけれど。
2013年4月14日、わたしにとってとても大切な存在が一つ、色を止めました。
モーグリパラシュートというバンドです。
まだ名前もない頃から知っている、8年という長い歳月をかけて育ってきた、弟のような存在でした。
ずっとそばでみていたわけではないし、こんなことをいうのはおこがましいのかも知れないのだけれど。

ライブハウスにもーぐり目当てのお客さんはわたししかいないような頃もあったのに、最後のライブでは、たくさんの人が会いにいらしてました。
泣いちょる人もいっぱいいたけれど、それよりも楽しそうに笑っちょる人が多かったです。
それはなんだか、とても大きな愛の象徴のように感じて、あたたかいなぁって、そのことに涙が出ました。
一生懸命生きて、愛されて、笑顔で看取ってもらえるというのは、とてもすてきな最期だと思うのです。

メンバーのみなさまも、しんみりした感じじゃなくて、いつも通り、精一杯、楽しんでやる、という感じやったように思います。
楽しかったなあ。すごく良かった。きもちよかった。

もう活動はしないと決めたバンドだから、わたしがこうしてここに書くことに意味はないかも知れないけれど、一つの愛に触れた経験として、残しておきます。
しかしほんとかっこいい。今さら貪るように音源を聴いては、もったいないなぁ、って、思っています。

おつかれさま。ありがとう。
ほんとうにほんとうに少し、近くでお手伝いができたことを、とても誇りに思います。


読んでくださってありがとうございました。
わたしは元気です。



「日進月歩 月金で週5 六法全書 爆音トレント きっとこれってハッピーエンド」
脱走金魚〜The Great Escape〜/モーグリパラシュート
posted by はるな at 16:57| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月22日

ガーベラ

ずっとどこかにあったのに、埃をかぶっていたもの。
瓦礫に埋れたお気に入り。

大切な言葉が瞬いて、頭を過って、その鼓動や息遣いが、すこしだけ近付いた。
どうして忘れていられたんだろう。
ごめんね。ごめんね。

打たれ弱くて、甘ったれで、泣き虫のわたしが生き返りそう。
小さな手足がもがくかんじ。
たぶんもうちょっとだけかかるから、ここでころしてしまわないように、わたしは息を潜めて耳を済ます。
いろんな事を沈めて過ごしすぎたな。どおりで息苦しかったわけだ。
ばかだなあ。
こうまでして守ろうとしていたものがあんな自分だったなんて、見当違いも良いところだ。
ずいぶん色々なものをないがしろにしたな。かわいそうに。


胃の中のぜんぶと一緒に、心の膿も少し減ったかな。
でもこういう涙は違うな。まだ泣けてない。
瓦礫をどかすには、まだ休息が必要。
夜のけもの道を、びくびくしながら歩いたり走ろうとしたりとまったりしている。
わたしは虎なんかじゃなくて、もっとこどもで弱々しい生き物だ。

正直ガーベラにはまだすこしはやいのだけれど、できるだけ長い間、覚えていられるように。
ごめんね、願わくば、もうすこしだけまっていてね。
どうかこのまま、わたしが生まれ直してくれますように。


「手が触れた 白い闇の中で」
ガーベラ/スピッツ
posted by はるな at 01:59| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

新しいYES

こんばんは。
最近のわたしはのーぐるーぶです。
みなさんはおげんきですか。

あんまり、愚痴?というか、げんきがないときにここを使うのもどうかなと思うのだけど、いかんせん、やっぱり、嬉しいことは分かち合える人がいるから、ここが必要でなかったりする。
それはとてもありがたいことで、なんやかや幸せな日々を過ごしちょるわけですが。

今は色々宙ぶらりんです。
仕事(って言ってもパートなんやけど)を辞めるか辞めないかとか、引越しとか、就職とか。
ライブが近くてバンドの練習もあって、それはすごく楽しいけれど、あと少しなのに届かない感じで、技術不足もあるとしても気持ちよく唄えないことや、メンバーの足を引っ張っていることが不甲斐ないです。
解放しきれてない感じ。うずうずするのにもやもやする。
いけないことがしたくてたまらなくて、情景を思い浮かべては、それで哀しむ恋人や友達、家族や、良くしてくれる上司や同僚の顔が脳裏を過って、じぶんを貶めたり、蔑んだり、必要以上に発破をかけたり、涙をためたりしています。
こんなことにエネルギーを使ってもったいないと思うのに止まらない。
それはまだわたしがそこに甘んじている証拠でもある。なさけないね??

大切な人達は、心を受け止めて、動かしてもらって、それに感謝して、前をひたりと見つめています。
いいことばっかりじゃないけど、じぶんの世界は悪くないな、いっちょやるか、とか、もうちょっとふんばろうとか、そういう、いきるちからをもって、正しく生活している。
彼や彼女のまわりには、光や色や音が溢れているのです。

良かったね、幸せだねって思うよりも先に、羨ましいと思ってしまった。
わたしがいなくてもだいじょうぶかな??って、思ってしまった。
らしくないな、と思う。そんな当たり前、とっくに受け入れて笑っていたのに。
一番なりたくない、醜いいきものになりそう。
上手く言えないな。
冬の森みたい。静かで、暗くて、寒くて、泣きそう。

弱っている感じはあまりしないから、きっと甘ったれたいだけなんだろうな。
ぽつぽつと聞いてもらって、頭を撫でてもらいたい。何も知らないふりで、壊れそうになって、がむしゃらに愛してもらいたい。
贅沢だし、痛々しいな、と思う。

なんだか死と再生みたいな空気感があるのに、有終の美を飾ってやろうとも、もっと良くしていこうとも、思えない。
ただ停滞してぐずぐすしている。

困ったちゃんです。
でもネガティブワードが連なりすぎたのでこのくらいにしよう。
ごめんね、みてくれてありがとう。
元気な振りがしんどくなって、色々ほつれて破れそうだったけど、言葉にすると少し落ち着きました。
うー、好きにしていいはずなのに、申し訳ない。
ほんとにごめんなさい。。
でもほんとにありがとう。

明日も早いし、さすがに寝ようかな。
何も解決しちょらんけど、間違いはしないように。
うん。ありがとうございました。
おやすみなさい。



「ああ会いにきて 私のホトリまで今」
LIBERTY/Salyu





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2012年02月25日

ふらいとぅーみー

うわ年明けてから何も書いてなかった。
あけおめ!ことよろ!

ものすごく濃密な三ヶ月弱を過ごしています。
うきうきしたりどきどきしたりかっかしたりぐったりしたり、よく笑いよく泣き、なかなかに生命力を使っています。
楽しい だけ、ちょっと足りない。おしいね。

せっかくだから書きそびれていた毎年恒例カウントアップ。ついにマイナス1だよー。どうしようーー。
すきだといえるひとがふえた。
久しぶりに嫌いだなと思うひともできた。
疑り深くなったけど、信じた自分を裏切らなくなった。
かさぶたがはがれるように、わたしは何かを、あるいは何かから、ごく自然に傷痕をのこしてはなれていっている。
わたしだいじょうぶかな、ってたまにおもうけど、なんとなく、だいじょうぶなんだろうな、っておもう。
すこしあやういかな。
生活もすこしずつできるようになってきた。(計画が無駄かはまだわからない。)
この一年間は、たぶん結構な変化のとしになるとおもう。
わたしはちゃんと腹をくくれているかな。でも来年の今頃、いつかみたいな幸せな涙が流せたら良いなとおもうから、今は前を見られている、たぶん。
一生に一度、あるかないかの、驚くほど前向きながんばりどき、なのかもしれない。

そんな感じです。
考えるほどに大切なひとたちがうかんで、去年の追いコンのセットリストが我ながら素晴らしくて、たまにすこし涙がでます。
今日はなぜかシャボンボウルがさっきまで頭で流れていて、なんだかすごくかなしかったです。
こうして書いているうちに落ち着けて良かった。

明日はおやすみだから、ゆっくりします。
たまったメールの返信をして、お洗濯をして、お買い物に行く。
卒業式で着るワンピースを買うのです。卒業まだ確定じゃないんですけどね。あっ胃がいたくなってきた。

かなしくなることはあまり考えない。そんなのは望まなくてもある日突然襲ってくるし、わたしはそれに抗えないから。
だからさいきんは、そのかわりに生命力をつかっているのだと思います。からだがいつもうごいている。
くびなしにならないよう、さじ加減を覚えることを、26歳の目標にします。


はーー久しぶりに発信すると、すっきりするしつかれる。
読んでくださってありがとう。あなたはいまげんきですか。しあわせですか。
できるだけたくさんのあなたが、損をしませんように。

眠る!
ありがとう、おやすみなさい。

「譲れない光は この手にあるよ」
もくまおう。/Cocco
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2011年12月31日

みそか'11

こんにちは、春奈です。
日記書くのひさしぶりやけど、やっぱ大晦日くらいはね。

2011年、
1月は卒論、2月は追いコン、3月からは今のバイト先で働き初めて、あとは大体バイトの一年でした。
7月〜11月くらいまで、ちょっと心が落ち着かなくてしんどかったな。
でも7月はオピンライブで久々に唄って楽しかった!安藤裕子とドリガモはまたやりたいなー。
9月は恋人と山梨県に旅行に行きました。長距離運転はしんどかったけど、すてきな場所で楽しかった。生まれて初めて見た富士山きれいでした。
11月の待兼ライブは1バンドだけやったけど、良いライブができたと思います。
終わったあと正規終わったみたいに寂しかったなー。追いコン楽しみにしちょります!

そんなこんなで、主にバイトの一年でした。
数少ない友人たちもどんどん遠くなってしまって、さみしい。
もっと人に会いたかった、それだけが心残り。

みんな言うけど今年は色んなことがありましたね。
明日や、来年のこと、未来のことを当たり前に夢見られるのは本当に幸せですね?
わたしはあまり当たり前をこなせていない人間ですが、そんなわたしでも最低限、当たり前に生きられていること、生かされていることを忘れずにいようと思います。
これもひとえにみなさまのおかげです。
今年もほんとうにありがとう。

今年はアウトプット不足だったからか、やたら泣きました。腹が立ったり辛かったりの涙が多かったけど、だからこそ、なかなか一生懸命に走り抜けられた良い一年だったと思います。
来年は走りながらも、平らな日々に傷をつけていく感じでいこう。
あと交友範囲を広げたい。もっと人にふれたいな。


ここのところやっと心が安定してきました。
年越しは長崎県の恋人の実家にお邪魔します。
島根県の家族もひとまずは元気そうで良かった。
お年玉あげたら喜んでもらえて、そういう当たり前がとても嬉しかった。です。

なんかかたいなー!!
なんせ、今年も本当にありがとうございました!ってことです。
来年もどうか絡んでやってくださいね。
よろしくお願いします。

それではみなさま良いお年を。
こんなふうに言えるひとがたくさんいてしあわせ!


「越えて 越えて 越えて行く 命が駆け出す」
みそか/スピッツ
マサムネさんの声のエロさを今日改めて実感した。

毎年最後の日記はこの曲からタイトルを借りちょるのですが、やっとしっくりきてきました。うれしい。
posted by はるな at 15:11| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

さらのいったこと、りぼんをつけてなげかえす

いがなにもうけつけなくなるほどつかれた。
できたらこんなことかきたくないのだけれど
いちにちはしりまわって、あちこちからなげかけられる
あっぱくかん をひとつひとつてにとってなげてかたづけて
さいごのさいごで、とんでもないようきゅうをくらった。

ぜったいにむりだ。みんなくちをそろえていうのだ。
がんばれ、あきらめるな、そんなもんじゃないだろ、むりするなよ、

おれをわたしをさいゆうせんにかんがえろ。

あんたじゃない。それはぜったいにあんたじゃない。
わがままだってわかっているよ、だけどそれはすじがとおっているかどうかじゃない。
だれにもいいたくなくて、けれどだれかにきづいてほしくて、
にほんごでしかこんなことかけないじぶんがくやしい。
どうしてえいごやふらんすごにはかんじやかたかなやひらがながないのだろう。
もじのだいしょうだけでかんじょうをつたえきれるのかな。

へっどほんからきこえるおんがくでしゃだんしたせかいで
しこうのていしをえんじてみたってむだだよ。
よくねむってあしたもおきてはたらいてはたらいて
えがおとかげんきとかやるきとかそういうものをばらまいて
かえってきてまたねむればいいだけだってわかっているくせに。
そのくらいしかできないんだからしかたないよ。
やりたいことなんてないもの。だれかにほめてほしいわけじゃないし
じぶんのためなんだってわかっているよ。

ぐらぐらする、きもちがわるい、からだがいたい。
なんでかよくわからないのになみだがいっぱいでて、こまる。
おもいきりうたえたらどんなにかいいだろうとおもうけれど、
いまのわたしはこえもだせない。
だからおとに、おとにおぼれて、みずをあびて、めをとじて、
おはなばたけとか、そらとか、うみとか、とりのこえとか、
そういうことをかんがえている。

まるでのろいみたいなことばがはんすうする。
ようきゅうしないで。おしりをたたいても、もうほねしかないよ?

きょうはすごくどくがからだにまわっているかんじがする。
とてもよくない。
とてもよくないので、どうにかしてこのどくをぬこうとおもう。
それができることを、わたしはしっている。
それがひとりでできてしまうことを、わたしはちゃんとしっている。

いうほどよわってはいないんだきっとだいじょうぶ。
これもどくをぬくさぎょうのひとつきっとだいじょうぶ。
ごめんねごめんね。こんなことをかいてごめんね。
じぶんごとせかいをぐちゃぐちゃによごしているきぶんだ。
そんなにせんさいじゃないはずだ。だからこれはあまったれのうじむしのいうことだ。

いまはひとり、もうすこしひとり、だれもさわらないで。
posted by はるな at 20:45| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

ひねもす

やぁ。春奈です。
最近のわたしはキャベツーと三矢サイダーの女の子版CMに腹が立ちます。

ちなみに今はたまたまテレビであってる、サマータイムマシン・ブルースなる映画を観ちょります。
瑛汰かっこいいー。話もおもしろいです。


というわけで近況。
まずはオピンライブおつかれさまでした。
企画運営してくれたオピン、まこと、亀、
打ち上げ幹事さんの江口、じゅんじゅん、亀(であっちょる??)
本当にありがとう!

またまた懲りずに安藤裕子のカバーをしたよ。
・中田吉太郎
vo.わたし
dr.春菜ちゃん
gt./ba.大西
ba./gt.新城
key.斉奈ちゃん
ゲストvo.紺谷
ゲストkey.もへちゃん

ワールズエンド・スーパーノヴァ(くるり/Live)
僕らが旅に出る理由(小沢健二)
問うてる
林檎殺人事件(郷ひろみ/樹木希林)
/安藤裕子

安藤裕子がカバーした曲たちのカバー。括弧内は原曲のアーティスト。
わかりにく!!

7月はしんどかったし、中々歌の感覚もつかめずですごく大変でしたが、ライブが楽しかったけんもーまんたい!
中々練習の都合あわずで、しかも安心のえぐさの安藤裕子、楽器陣の皆様ありがとう。
あとキーボ色々サポートしてくれたらしい航平神にも感謝。ありがとう。
やっぱり歌えるって幸せだなー。待ちかねのお誘い待ってます。


夏休みは仕事まみれになりそうですが、合間合間で楽しいこともあるけん、それを励みにがんばるだー。
昨日は懐かしいお友達にも会えたし、明日はモノクロレコ発やし!


仕事というかバイトも楽しくやっちょりまし。
延び延びになっちょる昇級試験がお盆あけに遂に決行されそう。てんぱる。


あとニコの新曲がすごく残念。思わず武家諸法度聴いちゃったわ。


そんなこんなで収拾つかんなるけんおしまい!
皆様お体に気をつけて、楽しい夏を過ごしてくださいね。
読んでくださってありがとう。おやすみなさい☆


「もしも君に意味がなくても どうか どうかその声だけは」
井の中の世界/セカイイチ
posted by はるな at 04:42| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

ナイーブで雑なドラマ

こんばんは。今日はとっても暖かでしたね?
寝間着も半袖にして、暑がりのごーや(彼氏・本名)により扇風機も導入されました。

というわけで皆様お元気ですか。
前の日記が追いコン直前やったけん3カ月ぶりですね。
なんとなく人恋しくなって、近況報告したいだけなのでお暇潰しにでも。長いよ。


○直近
・まずは。おちきゅん、みきちゃん、ご結婚ほんとにおめでとうございます。
急遽バイトが入って行けなくなって本当に残念でした。
わたしがずっと「結婚式呼んでください」って言うちょったの憶えて下さってたのでは、と思って、余計に残念やし申し訳ないです。
でもお誘いありがとうございました。
お二人ならとっても素敵な、あたたかい家庭を作らはるんやろうなって思います。
幹事さんやった四方もおつかれさまでした。

・GWはそんなこんなでバイト主。
お休みとってわかばライブ観に行ったらごーやが倒れていてびっくり。相変わらず動揺して情けないです。
わたしが謝ったりお礼を言ったりすることではないからそういうことは言わないけれど、たくさんの人に心配してもらったり気遣ってもらったりするのを見聞きして、幸せなことだなぁ、と思いました。不謹慎かも知れないけれど、わたし嬉しくなりました。
あっ、わたしが個人的に色々とお願いした方達には、ご協力本当に感謝しちょります。ありがとう。
書くか迷ったんやけど、隠すことでもないし↑ホントに嬉しかったので。発作自体は大事ないので遠方の皆様もご心配なく。
わかばライブあんまり観れなかったのは残念だけれど、その分定演楽しみにしちょります。

・肩凝りをこじらせました。
首の椎間板?とかいうのを痛めたらしいです。思ったよりひどかったけれど、全治一週間ということでこれまた大事ないです。
とりあえず肩凝り放置したら駄目らしいので、皆さんもお気を付けて。これが言いたかった。

・まだ学生なんです。
情けないねー!!ごめんなさい。
週二日学校に行って、残りはバイト。でも結構お休みももらえちょります。複雑。
パソコン専門店なのですが、想像以上に忙しいです。こまごました仕事多い。
でも今のところ楽しんで働いちょります。パソコンに詳しくなれるかというと苦笑いでかわすしかないけれど。

そうそう、一昨日は完全に勢いで箕面の滝に行きました。
ミスドでお茶するだけのはずだったのに。でもこういう突発的な行動すき。
余裕ができたら思い立って遠出しちゃう、くま(友人)みたいなことしたい。
帰りに昔働いちょったとんかつ屋さんで舌鼓。んまー。
千中で二度にわたってバスを逃し帰宅。久々におでかけできて嬉しかったです。はいリア充タイムおわりー。

○今まで。
・逃げちゃった2月、追いコンは素敵でした。寝坊してほんとごめんなさい。
みんなありがとう。
日記書いちょらんやったけんセットリストだけでも。備忘録。
*フラッフラズ
Gt1.秀人 Gt2.江口 Ba.おぐー Dr.亜美ちゃん Vo.わたし
サカサマ
笑う
刺す青 / フランボワズ
Edge Of Life
澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。
プラスチックルームと雨の庭
Crystal Life
Blind Star
小さなひかり。 / fra-foa

超本領発揮。今までたくさん楽しいライブさせてもらって、集大成が出せたと思う。
わたし結構本気で、まちかねで再結成したいのだけど難しいのかな。

*若さ
Gt1.詩雲 Gt2.じゅんやりん Gt3.うめ Ba1.水野 Ba2.豊福 Dr1.亀 Dr2.林 Key.航平くん
ガーベラ
春の歌
8823
けもの道 / スピッツ
焼け野が原
もくまおう。
風化風葬
コーラルリーフ / Cocco

めちゃくちゃわがまま言って、本番までずっと色んな人に迷惑かけた、でも超楽しかったバンド。
追いコンにかこつけていつも以上にわがまま言いました。逆ハーレムうはうは。

・3月4月はひたすらバイト。
でも4月の中旬に高校時代の友人ナカノリが大阪に来てくれて、とても楽しい時間を過ごしました。
新世界の夜は早かった。ごめんね。旧知たちの近況も聞けて嬉しかったです。ありがとう。
色々教えてくれたマサにも感謝。ありがとう!
ナカノリお幸せに!ほんとお幸せに!!!


○そんなこんなで
相変わらずのダメ人間ぶりながら、それにありあまる恵まれた環境で生きちょります。
もらった分を還元できるように、ボーダーラインも守れるように、これからもがんばっていきます。
ここ数年でみても、いつになく元気ですよ。あれ日本後だいじょうぶかな。
慣れない外科的な痛みにはまいったけれど。
毎日お弁当でネタ尽きてきたのでお料理得意な人助けてください。

ほんと日記!ってかんじの日記ですね。
自分のことばっかり。読んでくれてありがとう。
ではではおやすみなさい。良い夢を。


「疲れた目 こすった先に 探し求めていた 灯りを見た」
ルキンフォー/スピッツ
先月はずっとJamiroquaiと倉橋ヨエコ聴いちょったけど、今月はスピッツ月間になりそうな予感。
まなみちゃんに会いたくなる。
posted by はるな at 01:56| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

なくもんか

しばらく。



先日来阪した友人に教えてもらってどハマりした倉橋ヨエコ。
やりたいー。ちょうやりたいー。

みなさまお元気ですか。
わたしはぼちぼち元気です。
なんとなくゆっくりブログ書くっていうことをしたくて筆をとっています。
伝えたいことは、あまりない。

近況
・パソコン専門店で働いちょります。意外と忙しいです。
今のところ楽しい。まだ一カ月やしね。
大体わたしの傾向として、三か月くらいから人間関係がくもり始める。
いつもそうだ、だからわたしに問題があるのだろうな。
聞き上手になりたいし、おもしろい話ができるようになりたい。
でもちょっとなりたくない。

・まだ学生です
色んな人に土下座してまわりたいくらい情けない。
異端であるということは、スペシャルだってことじゃない。
でもせっかくやけんもうちょっとの間、もう少しだけ、ちゃんと勉強しようと思っている。

・疲れはたまっているけれど充実しています
ただ疲れたまりすぎて昨日から胃の調子がめちゃくちゃ。
去年の夏頃から、色んなものが胃腸にくる体質が悪化したらしい。
ここのところ機嫌も良くないけれど、いつもあたたかく受け止めてくれる恋人に感謝。


家がほしいのです。
あれこれ前書いたっけ?
自分の箱としての家じゃなくて、家族のいれものとしての家。
それがほしい。家族がほしいっていう願望とは違うところにあるのぞみ。
ここがわたしの帰る場所です、といえるところ。
朝ごはんを食べるダイニングテーブルと、夜ゆっくりテレビを見れるこたつのあるリビングがあって、
そこにパソコンを一台置く。楽器とコンポも置く(電子ピアノがほしい今日この頃)。
寝室にもコンポとパソコンデスクを置いて、そっちのパソコンではテレビやを観れるようにする。
ちょっとした背の低い棚?みたいなものがあって、
そこにフラフラのみんながくれたアロマライトを置く。
寝る前の時間は、それをつけてゆっくりした音楽(今浮かんだのはReindeer Section)を聴きながら本を読んだり綺麗な自然の写真を見たりしたい。
いつでもお友達を呼べるくらい綺麗にしておく。お休みの日はおやつを作ったり保存食を作ったりして過ごしたい。
っていう妄想。
それを出来る限り現実にするために、今は生きている。
正確に言うと、そこを目指すスタートラインに立つために。

わたしはうまくまわれているかな、いきられているかな、とたまに思う。
現実への猜疑心は、現在のわたしに疑問符を持つことは、色々なものへの否定だ。
それはとても失礼なことだし、第一解決のしようもない問いだ。
わかっているからあまり考えないようにしている。
結果は未来にしか現れないし、そのときわたしはその疑問のことなんて忘れているだろう。
忘れるということが結果なのだから。ループする質疑応答。
うまくいっていないとき、これでいいのかなって思う、それだけのこと。
わたしは少し疑り深すぎるかもしれないけれど、おびえていないと、やさしくなれない。
ひとりで自分を受け止められないのは、わたしの弱さだなぁ。
ひとりで生きていくことなんて考えられないから、それを直すというよりは、うまく処理できるようになっていきたいな。

まだ大丈夫。わたしは立って歩くことができる。
投げ出さずに見つめている、それは今は、胸を張れる。ちょっとだけね。
まだ大丈夫、まだ大丈夫。
言い聞かせながら眠る。今日は素敵な夢が見られるといいな。


便りなきはよき便り、っていうけれど、今日は逆だね。ごめんね。
でもありがとう。
明日からお休みの人たちは、どうかゆっくり羽根を伸ばしてください。
がんばらなきゃいけない人たちは、無理をしすぎないで。
兎にも角にも、今はおやすみなさい。良い夢を。


「泣き止んで 泣き止んでみても 外は今日も雨」
今日も雨/倉橋ヨエコ
posted by はるな at 01:33| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

まだ道の途中

やっとすこし色々と落ち着いてきたので久しぶりにがっつり書きます。
相当長いのでご注意を。

○卒論のこと
2月9日、14時から30分ほど、卒論の口頭諮問だった。
題目は「Faith(信仰)とは何か――シモーヌ・ヴェイユにおける「隣人愛」の解釈として――」。
シモーヌ・ヴェイユはフランスの哲学者。キリスト教思想家でもある。先生が専門で研究しておられるひとだ。
いわばその道のプロフェッショナルに持ちこむ論文。フルボッコにされるんじゃないかと思っていた。
はじまってすぐ、先生は「いわゆる卒業論文の書式とは異なるが、これはこれで一つの作品として完成しているから、そこに筆を加えるようなことはしない。特に言うことはない」とおっしゃってくださった。
2,3の解釈に関する質疑応答と確認をしたのみ。そして先生の視点からの解釈をお聞きできた。
シニカルな物言いの多い先生が、「よく書けている」と何度もおっしゃってくださり、「しっかり読めている」というお言葉まで頂いた。

哲学の解釈は、誰かの思想、こころとじっと見つめ合う作業だ。
相手は言葉を使って何かをつたえようとしている、わたしはそれに耳を澄まし、咀嚼して飲み込む。そして自分の言葉でそれにこたえる。
対話、なのだと思う。
どんなに触れあっても、対話をしても、人間同士は完全な理解はしあえないかもしれないし、まして今回のような場合は直接話せる相手でもないけれど、それでもわたしは、こたえるべきだとおもう。
あなたのこころを受け取りましたよ。それをわたしは自分の肉にしましたよ。どうもありがとう。
そういうやりとりが哲学の研究、解釈であって、ひととの交流でもあると思う。
漫画や小説を読むときも、音楽をきくときも、ひとのつくったものに触れるときはそうありたい。
そこに表されている物語や絵や言葉だけじゃなくて、そこに滲む作り手のこころを見つめたい。それがわたしのやり方だと、今日、先生のおかげで言葉にすることができた。
先生は諮問の終盤、「最近は自分の目で文章を読めるひとは少ない。あなたはいつもこうやって、自分の主観で本を読むのですか」と問われた。
それはわたしの言葉では、すぐには正確な解釈はできなかったけれど、「いつもしているのと同じやり方で読みました」と素直にこたえた。
「それはあなたの特異なところですね。これからもどうか大切にしてください」
そう先生はおっしゃった。嬉しかった。わたしがヴェイユを読んで、呑みこんで、そこから自分の解釈として言葉にしたことを、先生が受け取って、また呑みこみ言葉にしてくださったのだと感じた。先生のこころに泣きそうだった。
卒論は本当につらくて、自分との戦いで、自分の今までの駄目なところもたくさん見えて、毎晩毎晩、自分の情けなさに涙した。
学生なら殆どが経験する当たり前のことだから、よくがんばったね、と言われることは望まないけれど、あなたのそんな時間や行為は無駄じゃなかったよ、と言われたようだった。
ありがとうございました。


○追いコンのこと
二回も大遅刻して、最後の最後まで迷惑かけた。
中学高校とこれといって青春らしいことなどしなかったしできなかったわたしにとって、ミュージックソサイエティというサークルは本当に初めて出会う青春の場のようだった。
わたしはいつでも全力だったけれど、それが十分だったかどうかはわからない。
もっとやれたんじゃないかなって、いつも、ずっと、おもう。
それでも、唄がほんとうに好きだと気付けたこと、これから一生付き合っていきたい人たちにたくさん出会えたこと、たくさん素敵なものをもらえた。
どうやって返せばいいのかわからないくらいに。
今はまとめられない。
ただありがとう。



○これからのこと、自分のこと
もうすぐ、人生が大きくかわる。
わたしにとっての社会は、殆ど愛している人たちだけでできているけれど、広い目でみればそれは全部だから、これからどうしていこうか、とおもう。
わたしにとって一番大切なのは、やっぱり、こころだ。こころの触れ合いだ。
だから愛している人たちを何よりも優先して生きていきたい。できるだけたくさんを愛して、できるだけたくさん、こころのやりとりをしたい。
こころを表すためには、言葉じゃないものの方がつよいこともある。
いつでも自分が一番良いと思える方法で、わたしはわたしのこころを誰かに渡したい。
だからそのために、経済的な余裕は必要だ。
今のサブジェクトは、どんな仕事をするか。だ。
ただお金のためだけにするのか、こころのやり取りに重きを置くのか。
どこでなら、何でならそれができるのか。
本当はどこでだってできる。お金を稼ぐことも、こころのやりとりも。どこでだってできる。並行もさせられる。
けれど、もっとも輝ける場所に、どうせならそれらを連れて行ってあげたい。
仕事は社会貢献だから、ひとに何かをわたすことで自分がうけとることができるようになるものだから、
わたしはどこでどんなわたしを、社会に捧げられるか考えないといけない。
いちばんいいところを、考えてから探したい。
これはこまった。しばらく答えはでない。とりあえず決まったバイトで当面はフリーターだけれど。
なにせ、そういうわけで、就職活動をしているひとも、就職しているひとも、わたしは本当にすごいと思う。尊敬する。
どこでもいいからとりあえず、の就職ではわたしはいきていけない。
中途半端な決断で選んだ道を貫けるほど、わたしは強くない。そしてそんな強さはいらない。
最優先は、愛している人たちだ。外野の心ない言葉は、今は受け流そうとだけ、決めた。
しかし現実的にもう若くもないので、のんびりもしていられない。
さじ加減。加速度の調節。体を動かしながら考えよう。


○まとめ
まとめられるか!!!!
実はまだまだ考えなくちゃいけないこともやらなくちゃいけないこともいっぱいで、そんな中でまた悪魔さんもいらしていて、結

構いっぱいいっぱいです。
けれど変わると決めたし、踏み出したのです。
結構大きな一歩です。
一つ一つのテーマについてはまたゆっくり、気が向いたら書きます。
ここはわたしにとってかけがえのない居場所の一つだから、好きにやる。大切にする。

なんとか、この美しい世界で、のみこまれずに生きていきたい。
終着点は見えないけれど、今はいらないな。
明日からもまたがんばろう。
ぐっばい。


「咲き枯れ芽吹くどんな”いま”も刻んでくよ」
Blind star/fra-foa
posted by はるな at 17:57| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

【mixi】気持ちじゃご飯は食べられない

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ちょう今更やけどね!!
今年の抱負みたいなのはブログに書いたし、またお誕生日にでも改めて書くとして(どっちにしても今更やけど)、ちょっと気になるニュースがあったけん日記書きます。
めっちゃ長いので暇潰し推奨。

「何が必要か、事前に施設に問い合わせを」 “タイガーマスク運動”受け、児童養護施設協議会が「お礼とお願い」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1468593&media_id=32
これね。結構わたし好きなんですこういうの。
ていうか大体みんなほっこりしたと思うんですよ。素晴らしいことやと思うのですよ。

でもね、このニュースに対するアンチ日記が多いのが気になったのですよ。
こっちは厚意でやってるのに虫がいいとか、お金をせびっているとか、気持が大事なんだとか。
はー???ですよ。
確かにこの運動は義務でもなんでもないし、子どものために何か力になればっていう気持も、それを行動にうつしたことも、とっても素晴らしいと思います。尊敬します。

でもそれはやっぱりどうあがいたってエゴなのは間違いない。
誰かが喜ぶエゴだから素敵なものだけれど。
でも、本当に子どもの力になりたくって、何がいちばん喜んでもらえるかを考えるのならば、協議会の言い分は全くもって正しいと思うのです(本当にそのお金がきちんと子どものために使われるならね)。
ランドセルも文房具も、最低限のものは税金から出るのです(そういう意味では納税をしちょる大多数の日本国民はこの運動の小さな参加者といえますね)。
だからじゃあ何がわたしたちにできるかって考えるなら、一番手っ取り早いのはできるだけ税金をたくさん納めることですよね。
だとしたら今みたいなよくわかんない税金の使い方しちょる政権から考え直さないとですよねと正直思うけどそれはまぁいいや。税金の使い道だってこれだけじゃないんやけん、この意見はちょっと飛躍しすぎやし。

話を戻して、何が言いたいかっていうと、厚意でやってやってるのに何だこいつらはけしからん!みたいなのは美しくないねってこと。
ジブリっぽく言うと、美しくないエゴはただのエゴです。
こういう厚意をエゴだからといって否定はしないけれど、「やってやってる」っていう気持ちが先に立つのなら、「子どもが喜んでくれればいい」なんて言わないでほしいよね。
それ結局子どものためじゃなくて自分のためじゃん。どっちにしたってエゴである以上は自分のためだけれど、そこまで自分出しちゃったらアウトかなーと。
まぁ日記を書いちょる大多数の方々はわたしと同様何もしちょらん方やと思うんですけどね。
だから余計理解に苦しむ。寄付した人の味方のつもりですか??それこそどうしようもないエゴだ。

この運動の何が素敵かって、誰かが喜ぶことで自分が喜べるっていう心をもった人がこんなにも世の中にいるっていうことやとわたしは思うのです。
エゴだったとして、その行為によって誰かが喜んでくれたらならそれでいいと思う。けれどやっぱりエゴだってことは忘れちゃだめだと思う。自分がどんなによかれと思ったことだったとして、それは受け取る側の主観に委ねられることだから。
それを棚にあげて、「せっかくの善行が台無しだ」とか「本当はやってやる義理なんかないのに何を言う」とかは、なんかちがくね??って思う。
別に協議会は今までの行為を否定しちょるわけじゃないし、これだけ子どものためを思ってくれる人がいるなら、より子どものためになるのはこういうことですよーって言っただけなんじゃないかしらと。
まぁ実際募金とかどういうお金の使われ方しちょるかわからんけんこそ実費というかモノで……って方が多いのかもですが。
とりあえず寄付した方は素敵だし、協議会の言い分に間違いはないし、それについて蚊帳の外からぎゃーぎゃー言うのはお門違いですよと。

まぁわたしも自分の事棚にあげちょるのだけれど、協議会をバッシングするのは(まして何もしていない人間が)おかしいなーと思ったので。
基本的に何もしちょらん立場の人間は、「そうなんだ」のスタンスでいいと思うのだけどね。っていうかホントはそれしか選択肢ないし。
結局わたしもエゴでこうしてだらだら書いちょって、全然人のこと言えないのだけれど、なんかしっくりこない考え方やったからつい自己主張してしまった。しかもちょっと感情的やし偏りすぎかもな。いやん。
お目汚しをば失礼しました。
こんなに長くなったのに、もし読んで下さった方がいたらありがとう。


ちょうど卒論のテーマが「隣人愛(の考察による信仰の在り方の検証)」やったけん、なんか似たテーマだよなーと思って。
もうこれ卒論で出していいかな。っていうかこれ卒論にまぜてやろう。

おしまい。読んでくれてありがとう。


ではではおやすみなさい。
あなたもわたしも良い夢を。


「それでもわかりあいたい」
平行線のサーチライト/モーグリパラシュート

なんとなくそんな感じかなって思ったから。
posted by はるな at 04:45| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月09日

2011、メメント・モリ

2010年は本当に、とてもとても幸せな一年間でした。
ありがとう。

2011年がきて一週間とすこし。
改めて自分の現在地を考える。
この一年間を、これからをどう生きようかを考える。

明日が当たり前にあるとは限らないけれど、
明日がないことよりもあることを考えるのが、生きることだと思うの。
だから書く。

わたしはとても愚かな人間で、ある側面において少しも成長していない。
けれど今日その絶望の片鱗に出会うことができました。
とても苦しくて辛いことだけれど、とても幸せなことです。

2010年のように、いままで生きてきた年月のように、生きてはいけないとまず思う。
今までおろかなわたしのせいで、ふみつけにされたものがたくさんある。
わたしは今こそ、それを背負って、抱かないといけない。
だから今年の抱負は「蘇生」。ふみつけにしたものにまだ息があるなら。


生まれてきたことはとても嬉しい。こうしてこられたことも。
けれどわたしの中の、普通に生きて普通に幸せになれるはずだったわたしが、
泣きながら、謝れと言うのです。
わたしはまずそのわたしに謝って、笑えるようにしてあげないといけないし、
それが今までふみつけにしたものにかえっていくと思う。
誰かのためや何かのためになるかはわたしには決められないことだけれど、
それに息を吹き返すことができるのはきっと、
今泣いている、わたしがないがしろにしたわたしだ。

新年早々言いたくはないけれど、言わなくちゃいけない、ごめんなさい。
ありがとう。
そしてさようなら。
振り切っていく。それは走る事。さようならを告げたものに謝ること。


誰に何を言われても、生きていこうと決めた。
自分が決めたボーダーラインくらいは守ってあげようと思った。
覚悟はできた。そのかわり絶対に失いたくはないものも決めた。
忘れないように、どこかに刻みつけないといけない。
場所としてここが正しかったのかはわからないけれど。
気分を害したら申し訳ない。


こんなことができているだけで、本当は死んじゃってもいいくらい幸せなんだ。
だけどそれは今の、さようならすべきわたしの言い分だ。
一度地に堕ちろと強く揺さぶられた。
反芻するメメント・モリの言葉。


願わくは、どうか蘇生まで、息が続きますように。
待っていてね、できるだけでいいから。

どうかどうか、この一年間、よろしくお願いします。


長くなってしまった。重たくて申し訳ないです。
どうにも見栄っ張りで、格好付けた文になっちゃった。
でも嘘は書いていないから恥ずかしくないよ。
読んでくれてありがとう。本当にありがとう。



「いのちが たたかいをやすませてくれない」
問うてる。/安藤裕子
めちゃくちゃ幸せなことだと思う。たたかえるいのちがあるだけでいい。
posted by はるな at 03:50| Comment(4) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

ノー・シェルター 自爆する?

とりあえず頑張ったら卒業はできそうだ。
履修登録あわててしたから超不安やったけど。
そして保険用コマの多さ。笑

ほんとうに、ここのところずっと、貝になりたかった。
生まれ直したいとか、そっと消えてしまいたいとか、
色々なことを思ったり言ったりしたけれど、結局そうだ。
心も体もぴったりと閉ざして、
わたしの中の汚いものが、まあるい、つるっとした綺麗なものになるように。
暖かさで殻を開けるのだけれど、それはわたしが息を引き取るときで、
そういう生き物になってしまいたかった。
ごめんね??

そういう風に考えることが、周りにどういう影響を及ぼすか
考えられる歳になってしまったから余計に閉じたかった。
与えられる愛情や温もりやそれゆえの怒りや悲しみまではねつけてしまいたかった。
どうせ不感症ならいっそゲインなんてゼロでいいのにと思った。


気付いたかなぁ。
過去形なんだよ。
閉じたいわたしの中に、もう一つ貝があって
その隙間から息遣いが、かすかな拍動が聴こえた、気がしたよ。
だからもう少し、もう少しだけ、もっていようかなって。
提出した音源を聴いたら本当にわたしは不感症だった。
演技で啼いているみたいだった。わたしはパートとして楽器としてのヴォーカルなんかではなくて、ただ声を出すおもちゃみたいだ。
なんて投げ遣りで、藁にすがるような必死さをひた隠しにした唄なのだろう。
みんなを感じきることができなかった。それはわたしの責任だ。
そりゃ落ちるよ、メンバーのみんな、ごめんね。

それでも自分の状態が唄に出ることは、良くないけれど、
わたしがまだ、唄を唄うことを、いきることとつなげている証拠なんだと思った。
申し訳なくてふがいなくて哀しくて悔しいけれど、それだけは、ほんの少し嬉しい。
わたしはまた気持ち良く唄えるかな。
いつか誰かにも気持ち良くなってもらえる唄を歌えるようになるかな。
時間がないよう。
何をするにも「最後の」っていう言葉がついてまわるのは、さみしい。


なんにせよ、ありがたいことに一つだけバンドは受かったから、
ライブまでに唄はせめて今までのところにはもっていきたいな。
唄を唄っているわたしは、数少ないわたしの好きなわたしだった。
今はあまり好きじゃない。合宿くらいから好きじゃない。
唄を唄う自分も、自分のうたう唄もあまり好きじゃない。
けれどそんな唄を聴かせられないよね。
わたしがステージにあがるために踏み台になってしまった子がたくさんいるんだ。
魅せないわけにはいかないよね。
わたしが背負うことがおこがましいとしても、それこそがすがっていることだとしても。


生きることは不安だ。
目の前のものごとすべてがわたしにとって最優先事項だ。
なのに振り切ることも要求される。
一瞬一瞬で、最優先から更に最優先がピックアップされて、わたしはその時その時で、
それを見極め嗅ぎ分けて掴み取りそれ以外を振り切らないといけない。
手の中の最優先に命を注がないといけない。
時と場所が変わったら、さっき振り切ったものを愛おしく抱きしめて愛でて、
その時はきっと、さっき最優先だったものは隅っこで泣かせてしまう。
わたしの世界は球じゃなくていびつな円だ、きっと。
隅っこがあって、境界があって、始点と終点が確実にある。

たぶん完全に投げ出すことより、踏ん張ることの方が楽だ。
ほんの僅かをそれなりにやって殆どを投げることが一番楽だけれど、
中途半端が許されないところへ来たわたしが今ここにいる。


だらだら書くとまとまらないね。
兆しが遠くで一瞬またたいたんだよ、という話でしたよ。
それが幻想や蜃気楼でも、見えた気がする、というわたしの脳を信じよう。

おやすみなさい。


「ただもし僕にも歌が唄えるなら まだ生きてる事で許されるなら」
澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。/fra-foa
posted by はるな at 04:10| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

僕らは祈らない

この間久々に自宅に帰ったら、冷蔵庫から破滅の臭いがしました。
女子力??なにそれ(笑)

いやー、くさいもんってふたをしても臭うのね。
いやふたを凌駕する臭さだったのかもだけれど。


今日はそんな日でした。
ふたがずれたみたいだった。
かさぶたに罅が入ったような。
哀しい、とか、寂しい、が、内側から這いずり出てくるような。


小さなわたしまだ泣いちょった。
なんだ、まだそこにいたんだね、っていう感じ。
忘れちゃだめだよっていうことなのかな。
逆かな。
一番哀しいのは、そのわたしにわたしが追いつかないこと。

きっと何か伝えたいのだろうな。
今日、から、わたしは何か見過ごしていないかな。
もっと大事にしなさいってことかな。
伝わらない、がわたしの今いちばんの苦しみなのに、わたしは伝えてもらうことをきちんと汲み取れちょるのかな。
もう何もとりこぼしたくはないなぁ。


過去は無酸素状態で、未来はいつも無重力だ。



「どれだけ大事にしても偽物だよ でも大事なことは本当だよ」
arrows/BUMP OF CHICKEN

バイト中これと飴玉の唄がやたら脳内再生されて涙ぐんだ。
不審。笑 しかし神曲。
posted by はるな at 00:18| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

struggle just like myself

おはようさまです、春奈です。
ずうっと日記を書きたかったのだけれど、中々タイミングがなくって、
そうこうしちょる間に色んな言葉の鮮度や彩度が落ちてしまって、
でも今なりに書きます。

夏祭りのこと。
来てくれたお客さん、出演してくれた皆、手伝ってくれた皆、メンバーの皆、
本当に本当に、ほんとうに、ありがとう。
至らないところだらけの主催者で、ボーカルで、ごめんなさい。
それでもできて良かった。企画したこと後悔しちょりません。
ありがとうございました。
言いたかったこと殆ど色あせてしまって、渡せないけれど、この感謝だけはまだきらきらしちょるので、書かせてもらいました。

超西航平
Vo.わたし Gt.大西 Ba.新城 Dr.春菜ちゃん Key.航平くん

手を休めてガラス玉
サリー
彼'05
HAPPY /安藤裕子


そしてお勧めの押し売り。この曲聴くと懐かしい情景が浮かぶ。


正直もんきーまじっくナメちょった、ごめん。そしてロックな三味線。




最近は、圧倒的な無力感という切なさの上の、絶対的な肯定 て感じの幸福を感じています。
強く優しく、人に愛を配れる人になりたいな、と
あまり卑屈にならずに思えちょります。
自分を大切にすることと好きになることと守ることはぜんぶ違う。
みたいな。あくまで自分がどうか、がポイント。
だから強さと優しさが必要。あと自分の弱さを愛せる余裕。
ぬひゃひゃ。発展途上。

そうそう、パチンコ屋さんでバイトしちょります。潰れかけのお店でとても平和です。
今のところお局の心配もないです。笑

睡眠不足で不規則な生活ではあるけれど、元気です。
短期でかけもちでバイトしたいにゃーと思案中。



あ、あと諸事情により昨日から月曜日くらいまでケータイ使えません。
ご連絡はmixiメッセージかメッセにてお願いします。
お手数おかけして申し訳ないです。。。


夜眠ってしまったので目がさえていたけれど、さすがに眠ります。
今日も良い一日にできますように。
あなたもわたしもね。


「それならあなたを抱きしめたい できるだけ そっと」
誰かの願いがかなうころ/宇多田ヒカル
posted by はるな at 06:50| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする